㈱ホテル椿館の株式取得について
㈱宝荘ホテルは、9月1日をもちまして現在民事再生手続き中である防予汽船㈱から、弊社の御近所で
「ホテル椿館」及び「ホテル椿館別館」を運営している㈱ホテル椿館の大部分の株式を買い受けました。
道後温泉地域では初のM&A,友好的買収ということです。
株式取得の目的は、次のとおりです。
- ① ホテル椿館は長年道後に根付いて経営・貢献され、まちづくりの理念と行動を一にしており、地元同業の
- 弊社がお引き受けすることで、まちづくりの継続性・発展性の確保と道後温泉地域の活性化に資する。
- ② ㈱ホテル椿館は防予汽船㈱子会社として民事再生に全社一丸となって取り組まれており、その実績を評価し、
- 現社長はじめスタッフの方の雇用の確保と業界発展の一助とする。
- ③ 事業シナジー効果による双方の企業価値の向上を図る。
今回のアライアンスにより、連携による商品力・販売力強化及びそれに伴うお客様満足度の向上、地域間競争に
資する事業規模の確保、事業展開に不可欠な人材基盤の拡充、共同資材調達などシナジー効果を高め、
これまで多大なご協力をいただいた関係者の方々や顧客の皆様方のご期待にお応えしたいと思っています。
3館合計で234室、1360名様収容の規模となりますが、それぞれの個性を活かしながら、多くのお客様に
「優しい、美味しい、きれい、楽しい、また来たい」と思っていただけるよう、おもてなしの心を体現してまいりたいと
存じますので、引き続きご指導ご鞭撻、ご愛顧を賜りますようお願い申し上げます。
道後温泉夏まつり2010 味フェスタ
8月26日 道後温泉の夏まつりの一環で、松山調理師会、道後温泉旅館組合合同企画
「2010えひめ地産地消IN味フェスタ」が開催されました。
(道後商店街入り口、旅館組合前にて)
松山市内の飲食店、旅館調理師からなる「松山調理師会」がプロの味を実演そして販売!
お品物はこの3品。鯛めし、蛸めし、鯛唐あげ・蛸串揚げ・海老の蓮根はさみ揚げ


どれも食欲をそそるものばかりです。
ご飯物は薄からず、辛からず・・・パクパクいけますし、おかずパックと一緒に買って友達と分けっこして食べました。
年に1度、3時間だけの限定100食。売り切れ御免の販売とあって、今年は購入できるかな?と勝負の朝をむかえましたが無事購入(^^)v
勝負の朝といえば、当館の調理師もフェスタのための朝から準備し、販売していました。
さてさて、この美味さを味わえるのはまた、1年後・・・。
その際には忘れず皆様に、ご報告申し上げますね(^^)/
ご報告は【宝荘食いしん坊倶楽部】でした。
おもてなし検定の受験結果が届きました。
フロント村上です。
6月に受験した『おもてなし検定』の受験結果が、先日届きました。
「日本の宿 おもてなし検定」は、接遇力の向上や人材の育成などに寄与することを目指す業界資格で、
昨年初級に合格した私は、今回中級を受験しました。
結果は60問中56問正解で合格でした!
来年は上級合格を目指します!
「松山夏祭り」に思う
松山夏祭りが開催されて今年で45回目を迎えました。心配されていた台風の影響もあまりなく、過去最多の91連の踊り手が参加し、盛会裏に閉じました。
四国には、全国でも圧倒的な人気を誇る徳島の「阿波踊り」や高知の「よさこい」があり、まだまだその足元には及ばないものの、8/11(水)の野球サンバ
や8/12(木)13(金)の野球拳踊りも少しずつではありますが、進化してきているように思えます。
元祖「野球拳」を約束事で取り入れているので、かつて「ダサい」とか「躍動感が無い」とか市民からも言われましたが、若者を中心に衣装やリズム、振付も燃えるようなアレンジをそれぞれの連がするようになっています。
昨年も、経済同友会の中予振興委員会の尾崎委員長が音頭を取って、「おじさん達(失礼)も盛り上がるぞ!盛り上げるぜ!」と言って、音楽を8パターン用意して選んだり、振付を見直したり、法被をオシャレなものに新調したり、苦心と努力をされていました。
今回も連日、愛媛CATVで実況と録画の映像が流れていますが、 テーマの「舞!踊れ!直球勝負 感動の渦 今ここに」のとおり、皆さん頑張って踊っています。よさこいと野球サンバ・野球拳踊りは終わりましたが、阿波踊りはまだ始まったばかり。四国の踊りは、それぞれ個性的ですが、やはり、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソン ♪」です。
でも、やっぱり阿波踊りは凄い!美しい!
8/14/15の渋滞を避ける松山自動車道ICのご利用方法
8/14(土)8/15(日)の道後入りは高速松山道の川内ICがおススメ
今年のお盆は、8/14(土)8/15(日)のみが高速道路1000円適用なので、史上最大の渋滞が予想されています。6月末から松山IC~内子・大洲・西予ICは社会実験で無料となっており、南の方から道後や松山市内へ入られる多くの方は、松山ICから国道33号を利用され、市内方面が午後には大渋滞します。
そこで、高松方面からは、一つ手前の川内ICで降りて国道11号利用でお越しください。
逆に、高松方面へ行かれる方も、国道11号経由で川内ICをご利用ください。
【通常混んでない場合は、やや松山IC経由の方が早くて楽です。】
一方、午前中に南の方へ行かれる場合は、道後から西へ走り、国道196号経由で国道56号を利用し、伊予ICをご利用ください。午後の逆方向も同様です。
くれぐれも慌てず安全運転でお越しください。
松山神社(東照宮)で夏越の大祓(なごしのおおはらい)
7月31日当社の氏神様である松山神社の夏越祀りに参拝してきました。
正岡宮司によると、『この行事は、日常生活に於いて、知らず知らずの間に過ちを犯した大小の罪穢れを祓い清め自己反省して、
悪病や事故にあわないよう、健康にして明るく溌剌たる希望を持って明日への力強い第一歩を踏み出すことを目的としています。』
とのことです。
雛形(人形)に名前と年齢を書いて30日の夜に身体を撫で、一晩寝床の下に敷いたものを持ってお参りし、
払いの輪をくぐって雛形納処に納めると清め札(悪病退散の御札)と萱を頂戴しました。
家族や会社、お客様すべての方に神様の御加護があるよう毎年のことながら欲張って祈念してきました。
日頃あまりお話しすることのない地域の方々とお会いできたり、浴衣姿や太鼓の演奏、夜店の出店、小学生の奉納俳句の展示など、
夏真っ盛りでした。やはり、時季おりおりの風物詩はいいものです。
今にも坊っちゃんが出てきそうな道後温泉本館
先日お泊まりいただいた滋賀県の村川様から、まさに「今にも坊っちゃんが出てきそうな」と言葉を添えて
道後温泉本館の絵葉書を頂戴しました。宝荘ホテル内の山頭火の俳画などに心を癒されたというお話しを伺い、またご滞在中に
描かれた道後温泉本館のスケッチを見せて下さいましたが、嬉しいことにご帰宅後にお礼状としてわざわざ送っていただいたのです。
道後温泉本館には、思わず心と筆を動かす何か特別な力があるのでしょうか。道後を満喫された楽しいご様子が伝わってくる
素敵な一枚でした。
道後温泉本館は明治27年に建築されて今年で116年を迎えます。道後温泉のシンボルであり、唯一銭湯の機能を持つ国の
重要文化財であり、夏目漱石の小説「坊っちゃん」に登場したことで坊っちゃん湯として親しまれ、昨年も連続してミシュランガイドの
三つ星を獲得したことで、世界中にその名を知られるようになりました。
また宮崎駿監督の映画『千と千尋の神隠し』に登場する油屋のモデルにもなりましたが、地元道後では、小・中学生達が本館周辺で
写生する姿が毎年見られます。
以前は、本館前を県道が通り、写真を撮ることもままならない状態でしたが、今では遊歩道が整備され本館を取り囲む景色が
一変しました。ゆっくり本館をバックに写真を撮ったり、月夜を見ながら散策したり、旅先スケッチを楽しんだりと、思い思いのスタイルで
道後をお楽しみ下さい。
一夜開けて、梅雨明け宣言
青い空に白い雲、強い日差し・・・正午の風景です。
今朝はいつもの雰囲気と違うな、と感じていたところ、予感通り梅雨明け宣言が四国を始め各地で出されました。
今年は、暴れ梅雨の名のとおり、全国で被害が多かっただけに待望の宣言です。月末までの天気予報では、
晴れ時々曇りのマークがびっしりで、いよいよ夏本番がやってきました。
心配されていた農作物の生育や、足が遠のいていた市内のビヤガーデン、瀬戸内海のきれいな海水浴場にとっても
朗報となり、やっぱり「夏は夏らしく」がいいですね。
でも、落雷や海山川の事故、近年はやりの熱中症には気をつけたいものです。
豪雨災害 お見舞い申し上げます。
全国各地で、豪雨災害が多発しています。
被災された方には、心からお見舞い申し上げます。
災害の少ないといわれる松山でも、漱石・子規ゆかりの愚陀仏庵の裏山が崩れ倒壊したり、市内の一部が冠水したり、
自然の猛威にただ驚くばかりです。
先日、会議で京都に行った際、有名な鴨川が増水し、三条大橋近くでは濁流がごうごうと音を立てて流れ、
祇園祭の宵々々々宮で賑わう京都の方もあまり見たことのない光景に唖然とし、私も思わず写真を撮ってしまいました。
大きなダムを持たない松山では、毎年のように水不足の心配をし、現に平成6年の夏は大渇水に見舞われ、
「道後温泉のお湯が止まった」と根も葉もない風評被害を被ったほどです。
ほどほどの陽の光、ほどほどの雨の恵みを祈りながら、個人・企業挙げて節水や異常気象の原因ともいわれる
地球温暖化防止のためのCО2削減に取り組みたいものです。
豪雨 愚陀仏庵が全壊
ショッキングなニュースが東京出張中に駆け巡った。
お会いする観光関係の人達から先々で知らされ、夜は全国版で報道された。
朝松山を出る時は確かに大雨だったけど、まさか・・。
庵は、夏目漱石が明治28年から約10ヶ月間下宿していた離れで、戦災で焼け、昭和五十七年に万翠荘裏の
城山の麓にありました。
子規も従軍記者としていった日清戦争の帰りに立ち寄り五十日余り滞在し、その後の漱石文学に大きな影響を
与えたと言われています。
小説坂の上の雲に関係する貴重な建物で、現在も子規時代の俳句結社、松風会の名を継いだ俳句の会が
行われていますが、誰もいない時でさいわいでした。
道後の子規記念博物館の中にもその一部が再現されていますが、一刻も早い復元を望むものです。











